読んだ本メモ⑪ 「夜間飛行」 サン=テグジュペリ著、堀口大學訳
「人間の土地」に続き、「夜間飛行」も読んでみました。(読んだ本メモ⑥「人間の土地」)
主人公というべきは飛行士ファビアンなのだろうけれど、どうしても支配人に注目してしまいます。郵便飛行の一切を取り仕切る立場にあるリヴィエールは、厳格で冷徹な上司。如何なる理由においても遅刻や整備不良を許さず、整備士や飛行士を厳罰に処するのです。しかし、リヴィエールは根っからの冷徹な人間というわけではありません。当時、夜間飛行というのは困難を極める事業でした。郵便飛行の存在意義は鉄道などの輸送手段よりも速いことにありますが、危険だと言って夜間に飛行機を飛ばさなければ、夜間に運行が可能なその他交通機関に対する優位性はなくなってしまいます。

本作の方が書かれたのは早く、1931年に発表されています。
「人間の土地」同様、郵便飛行路の開拓を舞台に人間のあり方を示したサン=テグジュペリの代表作ですが、より物語的な要素が強い作品です。
飛行士ファビアン、支配人リヴィエール、監督ロビノーの三人を軸に、夜間飛行への強い使命感を帯びた職業人としての在り方と人間の本質・弱さとの葛藤が見事に表現されています。
郵便飛行事業の明日のために、部下に嫌われようとも、冷徹であり続けるリヴィエールはまさしく職業人なのです。そんなリヴィエールはこんな風に述べています、
「規則というものは、宗教でいうなら儀式のようなもので、ばかげたことのようだが人間を鍛えてくれる」
~中略~
彼は厳格さで彼らを抑制するつもりはさらになかった。彼はただこれによって、彼ら自身から脱却させてやりたかった。彼がこのように、あらゆる遅刻を一様に罰するのは、もちろん不公平な行為かもしれないが、ただ彼はこうすることによってそれぞれの飛行場の意志を、出発に向けて緊張させた。いわば彼はこの意志を創造したのだ。配下の人員が、(中略)悪天候を喜ぶのを禁ずることで、彼は彼らに天候回復に対する熱望を与えた。その結果、最も無知な荷役係までが、待機の時間を内心恥じるようになった。(中略)リヴィエールあればこそ、延長一万五千キロメートルにわたる航空路の全線に、便に対する信念がすべてを越えて行き渡った。
「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ。ところが僕は決して同情はしない。いや、しないわけではないが、外面に現わさない。僕だとて勿論、自分の周囲を、友情と人間的な温情で満たしておきたいのはやまやまだ。医者ならば自分の職業を遂行しながら、それらのものをかち得ることもできるのだが、僕は不測の事変に奉仕している身の上だ。(後略)」
夜間飛行事業への反対論に対してリヴィエールは力強くこう述べてもいます。
危険を一掃する完全な対策を示せと迫られると彼は答えたものだ、「経験が法を作ってくれるはずです。法の知識が経験に先立つ必要はありません。」
リヴィエールは自分の取り組む事業を、古代インカ族が山頂に立てた石の柱に重ね合わせて、こう思いを巡らせます。
「古昔の民の指導者は、山上にあの寺院を築き上げるような苦役を負わせてまで、自らの永遠性を打ち立てる業を強いたのだろうか?」~(中略)~古昔の民の指導者は、あるいは、人間の苦痛に対しては悩みを感じなかったが、人間が死滅することに対してあわれみを感じたのかもしれない。それも個人としての死ではなしに、砂の海に埋もれてしまう種族の死に対して。ために彼は、民を導いて、砂漠の砂に埋めることのない場所に、せめては石の柱を建てさせたのではあるまいか。
こんな上司の下にいたら、さぞかし大変でしょう。しかし、それとともに幸福も得られるのかもしれません。幸福というのは決して自由のもとにあるものではありません。ともすると時代錯誤な見方かもしれませんが、組織や規則の中で居場所を見つけ役割を実行することは、人間が幸せを感じられる一つの手段でしょう。
少々堅物な印象ではありますが、いざという時に責任をとることのできる尊敬のできる上司像がここに示されていると私は感じました。
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