記憶力増強装置のヒトに対する試験が始まる Memory-boosting devices tested in humans

脳へ刺激を与えることで、記憶力をアップさせたり、もしくは忘れさせたり。そんな夢のような装置が現実に近づいています。

以下Natureの記事を和訳したもの。


脳に埋め込まれた電極から刺激をすることによって記憶を増強する手法をヒトで応用させる計画が始まっている。この研究に投資をしているアメリカ陸軍は、この手法がトラウマのような長期記憶における損害をおってしまった多くの兵士を助けることが出来るのではないかと期待している。2015年10月、シカゴで開催された北米神経学会(Society for Neuroscience)では、DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)が出資している2つのチームが埋込み装置がヒトの記憶力を向上させることが出来るというデータを発表した。

記憶が作られたり、脳に定着したりする時の電気的パターンを模倣することによって、脳の損傷による障害を補てんすることが出来ることを研究者は発見した。この発見によって、弱まっている記憶を自動的に増強する“神経人工装具:neuroprosthetic”が脳に損傷を受けた兵士だけでなく、脳卒中の患者や一般健常者においても年齢とともに衰える記憶力を補助することも期待されている。

外科的手術によって脳に装置を埋め込むことによるリスクがあることから、両チームはてんかん治療のためにすでに電極を埋め込んでいる患者で研究をおこなっている。この電極を使って、脳の活動を記録することも特定の神経に刺激を与えることも可能である。最終的なゴールはトラウマのような脳の障害を治療することであるが、てんかん患者にもメリットがあるとバイオエンジニアリングの専門家であるUSCのTheodore Berger氏は述べた。繰り返すてんかん発作は長期記憶を形成する脳組織を破壊する可能性があるからである。

海馬と呼ばれる脳領域で空間・時間認識といった感覚情報が統合されて、速やかにアクセスできるように短期間だけ情報が保持される、このときに短期記憶が作られると考えられている。一定の時間、記憶にアクセスすることによって短期記憶から長期記憶へと固定化が起こる。

このプロセスの鍵は海馬の一部であるCA3と呼ばれる領域からCA1へと伝わる信号にある。Bergerの研究チームはこの信号を再生することによって海馬に損傷がある患者の記憶の定着を再構成することが出来るという仮説を立てている。

シカゴの学会で発表された研究の一つでは、てんかんのある12人の被験者に絵を見せて、90秒後に何を見たか思い出してもらうということをおこなった。被験者がこの実験をおこなっている間、CA3とCA1の神経発火パターンを記録した。

研究チームはCA1の神経細胞の活動を用いて、CA3から来る活動パターンを推測するアルゴリズムを開発した。実際に計測されたパターンと比較をすると、作成された推測パターンは約80%の確率で正答した。

このアルゴリズムを使うことで、CA3の細胞に損傷がある患者において、CA3の信号を模倣した発火パターンでCA1を刺激するという実験をおこなうべきだとBerger氏は述べている。正解するとジュースの報酬があるという絵を記憶するタスクを訓練されたサルを用いた先行研究で、BergerのグループはCA1を特定のパターンで刺激することによってサルの正答率が有意に向上したことを報告している(R. E. Hampson et al. J. Neural Eng. 10, 066013; 2013)。

チームの一員であるUSCのバイオメディカルエンジニアのDong Song氏はてんかんのある女性にこの刺激を試したが、彼女の記憶を改善させるかどうかを検討するにはまだ時期が早いと述べている。最終的には、いつ海馬が短期記憶から長期記憶へとうまく変換出来ていないのかを検知して、このプロセスを補助するような刺激を与えるという装置が開発されるかもしれない。

ポストン大学の神経生物学者Howard Eichenbaum博士は、記憶作成のプロセスが正確に予測できるというのは驚くべきことだと述べ、CA1が刺激に対して適した反応をできないほどに損傷してしまっている場合には、この手法の適用が難しいと指摘している。また、彼は海馬はとても複雑であり脳の様々な領域とつながり、信号を受け取っているため、CA3の信号だけでは不十分であるとも指摘している。

理化学研究所脳科学総合研究センターの神経科学者Thomas McHugh博士は、長年このチームの研究に注目していたが、この手法が動物モデルでうまくいったこと驚いている。「データは信頼できるが、私はまだ解釈に困っている。」と彼はいう。運動野では、ある特定の部位を刺激するとやはり身体のある特定の部位の動きを誘発するというように、脳の様々な部位が分かりやすく組織化している。だがしかし、海馬にはそのようなわかりやすい構造はみられず、ある部位への刺激によってどのような結果が予測されるかは明らかにされていない。

ペンシルベニア大学のチームでは、異なるアプローチによって、記憶の増強を試みている。その方法では、記憶の定着がどのように起こっているのかを詳細に知る必要が必ずしもない。

このチームでは、人間の記憶力が摂取したカフェインの量やストレスによって強められたり弱まったりするということを上手く利用した。こちらの研究でもてんかん患者を被験者とし、海馬を取り囲んでいる領域である側頭葉内側に刺激をおこなうと、弱まった記憶力が改善することを突き止めた。しかし、記憶が上手く働いているときには、刺激はむしろ機能を阻害してしまうのだ。

学会で発表された他の研究では、ペンシルベニア大学のDaniel Rizzuto博士らが28名の被験者が単語リストを思い出すときの脳活動を記録し、これらの活動パターンを使って人が思い出せるかどうかを高精度で予測できるアルゴリズムを開発について発表されていた。忘れてしまった単語を被験者が読むときにだけ脳に刺激をおこなうことによって、正答率は140%も向上した。

全部で約80人の脳からデータを計測し、より正確な電極を作成するために当局の認可を得ようとしているところだとペンシルベニア大学の心理学者Michael Kahana博士述べている。

McHugh博士はこのように述べている。脳への刺激がどうして有効なのかを明らかにすることは基礎研究の見地からとても重要なことかもしれないが、安全であり効果的であることが保証される限りでは、十分な理解が得られていなくとも治療法として開発を進めることに価値は大きい。


Nature 527, 15–16 (05 November 2015)
原文:http://www.nature.com/news/memory-boosting-devices-tested-in-humans-1.18712

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