読んだ本メモ㉑「したたかな生命」北野宏明、竹内薫著 ダイヤモンド社
著者の北野宏明氏は「システムバイオロジー」の第一人者。生命をシステムとして捉えることで、見えてくるロバストネスが本書のテーマ。
ロバストネスとは、、
「頑強性」なんて訳されたりもしますが、頑なに強いという訳語はちょっと不適切。
ただ「強い」のではなく、「したたか」。
固いものは、壊れにくいようでいて案外脆い。石の建築物は1000年もつかもしれないが、地震にはきっと耐えられない(根拠はないです…)。法隆寺の五重塔のような、力をいなし、受け流すような、柔よく剛を制す、「ロバストネス」とはそんなイメージでしょうか。
どんなシステム(建物のようなハードウェアでもソフトウェアでも)も、なにかにロバストであれば、どこかに弱点「フラジリティ」ができるそうです。そんなロバストネスとフラジリティのトレードオフは避けれられない。制御工学の考え方から、生命を捉えなおすのが「システムバイオロジー」の考え方です。
DNAの発見に始まる、20世紀後半のバイオロジーの飛躍はめざましいものがあったでしょう。生命を形作る、様々な部品(タンパク質など)が明らかにされ、生命とは何たるかがつまびらかになった、かに思われました。しかし、いくら部品がわかっても、生命を理解したことにはなりませんでした。部品であるタンパク質を集めてひとつの袋に入れたところで、それは生命ではありません。そこで、さまざまなタンパク質が織りなす生命の持つ動的な(ダイナミックな)振る舞い(つまり、生きているという状態?)をシステムとして扱う「システムバイオロジー」の登場とあいなるわけです。
本書の冒頭でも、自動車を例にシステムとしての理解とはどういうものか、詳解しています。
理解のレベルには4つ(「システム構造理解」、「システムダイナミクス理解」、「システム制御理解」、「システム設計理解」)あります。前の二つは、ありのままを受け入れる受け身の理解。それに対して、後の二つは能動的に関わる理解です。
自動車でいうと、図面を見てエンジンや車体がどうしてそのような設計になっているのか理解するのが、「システム構造理解」です。そして、実際にどのように動くのか、理解するのが、「システムダイナミクス理解」。どのような動作をさせたいか、という目標に対して、調整し、実現するのが、「システム制御理解」です。さらに、自動車を設計して、要求仕様を実現する車を組み立てるのが、「システム設計理解」ということになります。
このような、理解の目標をもって生物を見てみると、なかなかわかりやすそうです。
分子生物学の話は、「システム構造理解」あたりで、シグナル伝達とか考えると「システムダイナミクス理解」に入ってくるかなぁ。幹細胞など再生医療技術の確立には、後者の二つの理解が必要そうです。
ですが、制御工学の話を、そのまま生物システムの理解に使えるというわけではないそうです。当たり前ですが、制御理論は人間がはっきりとした目的のあるシステムを設計するためのものですので、その目標の状態は、明確に分かっています。でも、生物ではこれがはっきりしない!生物にとっての目標の状態は、環境の変化や敵からの影響などに応じて変化します。なので、生物に制御理論を適用できるように拡張しないといけません。
複雑なシステムのロバストネスを向上させるには、大きく4つの方法があるそうです。それは、システム制御、耐故障性、モジュール化、デカップリング(バッファリングとも呼ぶ)。エンジニアはこれらの方法を適切に組み合わせてロバストなシステムを実現するわけですが、生物の場合には、目標の状態が曖昧…。進化の結果として、どういったデザインがよいか選択されていきます。
進化でロバストネスを高める、、
環境が変われば、目的の状態はかわるという例としては、飢餓へのロバストネスが、現代では糖尿病というフラジリティになってしまっているという話が紹介されています。
進化の過程で、システムは作り変えられていくわけですが、いわゆるダーウィンの進化論とメンデル遺伝学の枠組みだけではないと考えられるようです。(飽食の現代に適応して、糖尿病はへるのか?淘汰圧はかからないので普通に考えたら、糖尿病のフラジリティは解消されません)
たとえば、バクテリアや単細胞の真核生物(生物は細胞の構造から、原核生物と真核生物に分類されます。ヒトも真核生物です。)くらいまでは、水平な遺伝子移動というのをやってます。ほかの種から遺伝子をもらって自分のものにするわけです。
ダーウィンの進化論では、世代を超えて起こる変化を論じてますが、水平な遺伝子移動では自分の世代の中で変化できてしまうわけです。薬剤耐性菌(抗生物質の効かない細菌)も、この遺伝子移動で異なる種へ薬剤耐性が広まっているといわれています。(抗生物質やたらと飲まない!飲むときは飲みきる!大事です…)
そして、真核生物になるときに、何種類かのバクテリアを自分のなかに取り込んでしまったといわれています。それが、ミトコンドリアだったり葉緑体だったりします。遺伝子の中に取り込むだけでなく、ミトコンドリアのように細胞内で個別のゲノムを持っているなんてやつもいるのです。でも、こうやって吸収合併的なやり方でロバストネスを高めているんですね。
さらに、びっくりな例もあります。アブラムシです。ガーデニングしている人にとっては悩みの種かもしれませんが、生物としては非常に興味深い。アリとの共生も面白いのですが、ここでの話題は細胞内共生です。アブラムシは細胞内にバクテリアが入ってしまうことがあるのです。ある種のアブラムシでは、バクテリアが細胞内共生していると飛ぶことができ、共生していないと飛べないというのです。しかも、この共生は子にバクテリアそのものが受け継がれるそうです。
私たちヒトも、立派に共生しています。肌には多くの細菌がいて、ほかの害をもたらす細菌から守ってくれていたり、最近特に話題になっているのが、腸内フローラ(細菌叢)ですね。びっくりな話ですが、便の乾燥重量の3分の1は腸内細菌の死骸だそうです。腸内細菌は病原性細菌からの抵抗力であったり、食物の摂取だったりに欠かせません。病気に対するロバストネス、いろんな食物から栄養を摂取できるというロバストネスは腸内フローラのおかげなんですね。
共生とは、外部からいろいろなものを取り込んで、自己を拡大していくようなものです(どこまでが自己か、というのはこれまた興味深いテーマ)。それと、自己のゲノムを変化させていくダーウィン的な進化が相まって、生物は進化をしてきたのでしょう。ロバストネスという観点から進化や生物多様性を捉え直すと、「生命とは何か」少し理解が進んだように思います。といっても、「システム設計理解」はまだまだ遠いでしょうか。
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